hの話(その2:音を失くしたhの役目)

前回:hの話(その1:黙字のh)

h存亡の危機


h- / TooFarNorth


前回紹介したとおり、フランス語やイタリア語、スペイン語ではhの音が言語自体から原則的に消えてしまったため、「表音文字」としての"h"の存在意義が無くなってしまった。こうなってしまった場合、この文字自体もその言語から放逐されてしまってもおかしくない。

例えば、日本語ではひらがなの「ゐ」や「ゑ」は、かつては(現代日本語の表記で表すと)「うぃ」や「うぇ」と発音されていたと考えられているが、中世に徐々に「い」や「え」と混同されるようになり、室町時代後期には完全に同じ音になっていた。その後も、戦国時代から戦前にかけて「ゐ」や「ゑ」は「い」や「え」と共存していたが、戦後、現代仮名遣いが制定されると同時に日常からは姿を消した。この現代仮名遣いが制定される時に、「助詞の『を』は例外的に暫定的に残しておく」とされ、その「暫定措置」がずっと今に至っているわけである。

hの新機能

ひらがなも表音文字であるから、現代日本語において「を」は/o/の音を意味する以外の役割は本来はない。しかし、使用場面を限定することで生き残ることが出来た。フランス語やイタリア語、スペイン語でhが生き残っているのも、表音文字としての役割以外の役割を与えられたからである。主に以下に挙げる3つがある。


Kaohsiung water tower? / ironypoisoning

  1. 他の子音文字とくっついて、その子音文字が本来持っている子音とは別の子音を持たせる
    • 英語では、tの後ろにhを付けることで、thという表記で[t]とは異なる[θ]や[ð]の音を表すこととした。
    • 中国語のウェード式表記では、sの前にhを付けることで、hsという表記で[s]とは異なる[ɕ]の音(ピンイン表記のx)を表すこととした。
  2. 母音文字とくっついて、その母音文字が本来持っている母音とは別の母音を持たせる(具体的には長音化)
    • 現代ドイツ語では、母音の後にhを付けることで、その母音を長音化することとした*1
    • 日本語のローマ字表記では、/o/の長音を表す際にohと綴ることが認められている(強制ではない)。
  3. その他、同じ綴りの別単語と区別するための目印としての役割
    • フランス語のhuit(数字の8の意味)は、uという文字が存在せずvが使われていた時代に、"vit"(「生きる」という意味の"vivre"の変化形)と区別するために単語の頭にhをつけて"hvit"となったのが由来。

次回以降、順次紹介する。

次回:hの話(その3:hとc)

以下、参考文献
日本人の知らない日本語
蛇蔵&海野凪子
日本語の「を」についてのエピソードがあります。日本語学校講師の生徒とのやり取りを通して、日本人が何気なく使っている日本語の小話が紹介されています。言語学習に興味がなくても楽しく読めるはず。興味がある人はなお。

*1:厳密に言えば、これは長音化のために"h"を付したのではなく、もともと"h"は綴りどおりに/h/の音を持っていたのですが、それが消失した際に語感を維持するために直前の母音を伸ばすことにしたというのが背景です。この現象を言語学用語で「代償延長」と呼びます。