ラテン語の名詞変化はこう覚える(その2:格変化 6つあろうが 怖くない)

さて、ラテン語の名詞変化の覚え方、第2回は前回出てきた表を覚えやすくするためにざっくりと加工してみたいと思います。
前回出てきた方は以下のようなものでした。性が3つ、数が2つ、格が6つで計36個の格変化となっています。

単数 男性名詞 中性名詞 女性名詞
主格
-us
-um
-a
呼格
-e*1
-um
-a
属格
-ae
与格
-ae
対格
-um
-um
-am
奪格
複数 男性名詞 中性名詞 女性名詞
主格
-a
-ae
呼格
-a
-ae
属格
-ōrum
-ōrum
-ārum
与格
-īs
-īs
-īs
対格
-ōs
-a
-ās
奪格
-īs
-īs
-īs

ブルータス、お前もか?


「ブルータス、お前もか?」という台詞は
シェークスピア(William Shakespeare, 1564〜1616)の悲劇「ジュリアス・シーザー(The Tragedy of Julius Caesar, 1599)」の一幕、
シーザーが暗殺された時に、敵の中に腹心ブルータスを見つけた時の台詞である。
原文は"Et tu, Brute?"であるが、長音記号を付ければ"Et tū, Brūte?"となる。

この台詞、普通に読んだら「エトゥ・トゥ、ブルーテ?」となり、この「ブルーテ」に相当するとことがブルータスを意味している。
え?人名が格変化するんですか?と聞かれそうだが、そのとおりである。
固有名詞も例外なく格変化をするのだ。

「ブルータスが」であればBrūtus、
「ブルータスの」であればBrūtī、
「ブルータスを」であればBrūtumである。
そして今回の「ブルータスよ」はBrūteとなる。

さて、この呼びかけだけに使われる呼格の格変化であるが、
実は男性単数以外はすべて主格と同じ形である。
男性単数のみ、-usが-eに変わるのだ。
例外として-usの前にiがあり-iusとなる男性単数名詞については-iusが-īとなる。
シーザーのファーストネームJūliusはJūlīとなる。

ちなみにラテン語でJは/dʒ/(ジャ)の音ではなく/j/(ヤ)の音であるから、
Julius Caesarの本来の読みは「ジュリアス・シーザー」ではなく「ユーリウス・カエサル」である。

これさえ覚えていれば、後は呼格は主格と同じだ。
なのでテキストによっては呼格を格変化表から省くことが多い。
このブログでも原則呼格は省くこととする。

単数 男性名詞 中性名詞 女性名詞
主格
-us
-um
-a
属格
-ae
与格
-ae
対格
-um
-um
-am
奪格
複数 男性名詞 中性名詞 女性名詞
主格
-a
-ae
属格
-ōrum
-ōrum
-ārum
与格
-īs
-īs
-īs
対格
-ōs
-a
-ās
奪格
-īs
-īs
-īs

中性と言いながら男性より

さて、次はこの表を縦に見てみましょう。
男性と中性を見比べてみてください。

呼格を除いた格変化5つに数2つの計10個のうち、7つが同じではありませんか!

であれば、男性と中性で違う3つについて覚えてしまえば、あとは男性と中性は同じ、と言えますね。
男性と中性とで異なるのは以下の3つです。
単数主格(-usと-um)、複数主格(-īと-a)、複数対格(-ōsと-a)だ。
この3つさえ覚えてしまえば、格変化表は次のように書き換えてもよい。

単数男性名詞中性名詞女性名詞
主格
-us
-um
-a
属格
-ae
与格
-ae
対格
-um
-am
奪格
複数男性名詞中性名詞女性名詞
主格
-a
-ae
属格
-ōrum
-ārum
与格
-īs
-īs
対格
-ōs
-a
-ās
奪格
-īs
-īs

帝国ローマでは町が守備隊を占拠する!

中性名詞の主格と対格を見比べてみましょう。
なんと、中性名詞は単複に関わらず主格と対格の形が同じではありませんか。
表の格の順番を変えたくないので表をこれ以上簡略化しませんが、中性名詞の主格と対格は形が同じだということを覚えてください。

ところで、主格と対格が同じということは、「〜が」と「〜を」の形が同じということです。
したがって、文の主語と目的語がともに中性名詞である時は、文法的には2通りの解釈ができることになってしまいます。

こんな時はどうするかって?それは、文脈判断ですよ。
難しい?何言ってるんですか、英語でいつもやってるでしょうに。
"Cats eat fish."をまさか「魚たちは猫たちを食べる。」なんて訳さないでしょ?

ラテン語は英語ほど語順にこだわりはないのですが、
基本的には主語+目的語+動詞の順番なので、先に出てきた方を主語、後に出てきた方を目的語として訳せばたいてい上手くいきます*2

なので
Praesidium Imperiō Rōmānō oppidum occupat!
という文は「ローマ帝国では守備隊が町を占拠する!」と訳してください。
文法的には小見出しのように訳すこともできますが、先程の訳の方が自然ですよね。(cf.:「ロシア的倒置法」)

Occupy Wall St. / joshkehn

occupiedで画像を検索したら、Occupied Wall Streetが出てきましたよ。

我らの格

奪格とは様々な用法を持つ格であり、ギリシャ語にはないためにローマ人はこの格を「我らの格」と呼んだそうです。
さてそんなローマ人のアイデンティティたる奪格ですが、よくよく表を見ると、女性単数を除き、奪格は与格と形が一緒じゃありませんか。
我らの格とは言ったものですね。
更に複数については全部の性で与格・奪格の形が同じです。
ですからここでも、女性単数以外は奪格は与格と同じと覚えましょう。
以上を踏まえると表はこうすることもできます。

単数男性名詞中性名詞女性名詞
主格
-us
-um
-a
属格
-ae
与格
-ae
対格
-um
-am
奪格
複数男性名詞中性名詞女性名詞
主格
-a
-ae
属格
-ōrum
-ārum
与格
-īs
対格
-ōs
-a
-ās
奪格
-īs

こうして見ると、随分この表もすかすかになりましたね。これで大分覚えやすくなった?

英語に残るラテン語の格変化

英語にはたくさんのラテン語由来の単語があります(大体はフランス語経由だったりします)が、
その多くは英語化されていて格変化は残っていません。
しかし僅かではありますが、ラテン語の格変化を残している単語もあります。
単複で形が異なる名詞のいくつかはそれです。

  • 男性変化名詞を残す英語の名詞
    • stimulus-stimuli:刺激
    • genius-genii:天才
  • 中性変化名詞を残す英語の名詞
    • datum-data:データ
    • spectrum-spectra:スペクトル
  • 女性変化名詞を残す英語の名詞
    • formula-formulae:数式
    • cicada-cicadae:蝉

出展:池田義一郎: 入試頻出7000英単語の総整理, 洛陽社, 2000.

次回はラテン語の名詞を俯瞰した上で、前回、今回と見てきた名詞について言い忘れていたことも付け加えます。

次回:ラテン語の名詞変化はこう覚える(その3:ローマの詩人は男ばかり?)

*1:主格が-iusで終わる場合は-īとなる

*2:ただし、韻文(詩)については別です。韻を踏むために語順がめちゃくちゃもいいところですので、まずは散文(普通の文)を読み始めてください。