大学で4年間勉強したドイツ語を復習する(その3:ドイツ語の子音はchとgが鍵)

さてさて、前回の母音に続いて、第3回目はドイツ語の子音についてです。1つの記事に収まらなかったので、前編です。初回の記事で紹介した、英語と大きく変わる子音については省いていますので、そちらをまだお読みになっていない方は併せて御覧ください:その1:アルファベートは言語のいろは

s+[母音]


「結婚行進曲」の作曲家で有名な
メンデルスゾーンの名前は
"Mendelssohn"と綴ります。
この"sohn"は英語の"son"にあたり
「息子」という意味です。

ドイツ語では、母音の前にあるsは原則「ズ(/z/)」で発音します。英語では状況によって「ス(/s/)」だったり「ズ(/z/)」だったりしますが、ドイツ語は原則的に「ズ」です。ドイツの大手メーカーであり世界的にも有名なシーメンス社は、現地での正しい発音はジーメンスSiemens)となります。大学でドイツ語を学んだ人は覚えがあるかもしれませんが、佐藤さんは大体の場合「ザトーさん」になり、鯨になります。

sch, tsch

じゃぁドイツ語にはサ行の音はないのかというと、そんなことはありません。schと綴って下さい。これで「シ(/ʃ/)」の音になります。tschと綴ると「チ(tʃ)」です。ドイツのメーカーの名前ですと、ボッシュBosch)やポルシェ(Porsche)にこの綴りが含まれていますね。また、「ドイツ」のことは、英語ではGermanyですが、ドイツ語ではDeutschlandとなり、これが日本語の「ドイツ」の由来です。因みに発音は「ドイチュラント」です。

語末の子音

先ほどDeutschlandの例が出てきたので話しますが、ドイツ語では語末の有声音(喉を鳴らして出す音)は、全て無清音化します。

  • 「グ(/g/)」→「ク(/k/)」
  • 「ドゥ(/d/)」→「トゥ(/t/)」
  • 「ブ(/b/)」→「プ(/p/)」

なので、先程のDeutschlandの語末のdは/t/の音になります。挨拶のGuten Tagも「グーテンターク」と発音するのです。


但し、語末のgについては、その前にiがあって"-ig"となっている場合は、「イヒ(/iç/)」という発音になります。ベートーベンのフルネームはLudwig van Beethovenであり、英語風に読むと「ルードウィグ・ヴェン・ベートーヴェン」ですが、本場ドイツでは「ベートーヴェン」では通じません。「ルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン」とすると通じます。Beethovenは「ビート」を意味する"beet"と「農場」を意味する"hoven"とが合わさった苗字なので、「ベート」と「ホーフェン」は切って発音し、いわゆる「リエゾン」はしません*1

ch, -igのg

ドイツ語らしい発音に、この「ヒ」の音があります。専門用語を使うと、無声硬口蓋摩擦音という音で、息を吐く音で「ヒャ・ヒ・ヒュ・ヒェ・ヒョ」と発音します。日本語の「ヒ」はこの音であると言われていますが、意識して息を吐きながら発音すると聞き取ってもらいやすくなるでしょう。ドイツ語の「私が」に相当する"ich"は「イッヒ」や「イヒ」と発音します。因みに、英語と違い、"ich"は文頭でない限り小文字で書きます。ドイツのミュンヘンはMünchenと書きますが、ちゃんと発音できますか?


michael schumacher / woolennium

ドイツのレーサー、ミヒャエル・シューマッハー
名前は上のように綴ります。
因みにこのSchumacherという苗字、
英語に直せば"Shoemaker"となり、「靴屋」です。

ところで、ドイツ語のchという綴りは、2種類の子音を担っているので注意が必要です、とは言っても、慣れればなんてことはありません。
ひとつは、先ほど紹介した「ヒ」の音です。直前の母音がiやeなど、口を余り開かない音の後では、この音になります。
もう一つは、「ハ」の音で、これは冷たい手を温めるときに「ハーッ」とやる、あの時の音です。無声軟口蓋摩擦音/x/という音で、achと綴ると「アハ」(例:Bach「バッハ(音楽家)」)、ochと綴ると「オホ」(例:Koch「コッホ(細菌学者)」)、uchと綴ると「ウフ」(例:Buch「本」)という音になります。注意して欲しいのは、この時のchの音には母音は一切ついていないということです。「ア」と発音した口のまま息を吐けば「ハ」の音が出ますし、「オ」と発音した口のままで息を吐けば「ホ」の音が出るというだけです。

r

これも大変ドイツ語らしい音です。標準ドイツ語ではこの文字は口蓋垂ふるえ音[ʀ]で発音されます。この音に苦手意識を持つ日本人は大変多いのですが、安心して下さい。それは、きっと世界中の人もこの音の発音は苦手です。何故って、この音は主にドイツ周辺でしか発音されていないからです。みんな、この音に馴染みはありません。ちょっと余談になりますが、中学で英語のthの発音ができなくて悔しい思いをした人も多いと思いますが、あの音(歯摩擦音)こそ、言語学的にはマイナーな音です。英語の他には、メジャーどころだとスペイン語アラビア語にしかありませんが、スペイン以外では「ス(/s/)」と発音されていますから、なんとマイナーな音であること。thの音が出来なくても恥ずかしがることはありません。


gargle / veritatem

閑話休題。このドイツ語のrの音、実は簡単に出す方法があります。それは「うがい」です。口に水を含んだつもりで、うがいをしてみて下さい。その時の音が、まさしくドイツ語のrの音です。この時、上顎の奥のほうが震えているのですが、この部分を「口蓋垂」と呼び、そこが震えてるので「口蓋垂ふるえ音」と呼ぶのですから。

どうしてもこの音が出せない場合は、巻き舌で代えてもOKです。南ドイツやオーストリアでは専ら巻き舌(正確には歯茎ふるえ音[r])で発音されます。

*1:いわゆる、と言ったのは、英語では「リエゾン」と呼ぶものは、本当は「アンシェヌマン」と言うべきものだからです。リエゾンアンシェヌマンも元はフランス語の用語なのですが、多言語において連音を指すときに簡便のために「リエゾン」と言ってしまうのです。定義の上では本当は間違っていますが、英語教育の現場でも「リエゾン」の方が広く使われていますね。