簡体字のススメ

簡体字とは

簡体字」というのは、中国(大陸中国)で使用されている漢字の字体のことです。日常的に漢字を使っている言語は、日本語と中国語ですが*1、中国語で使う漢字の中には、日本語で使う漢字とは字体が異なるものがあります。
厳密に言えば、同じ中国語でも、大陸(中華人民共和国)で使っている字体と、台湾(中華民国)で使っている字体はことなることがあります。大陸で使っている漢字は、漢字の一部、もしくは全てを簡略化したものがあり、これを「簡体字」と呼びます。一方で、台湾で使っている漢字は本来の字体を維持したものが多く、これを「繁体字」と呼びます。実際にこの「簡体字」「繁体字」をそれぞれの字体で書くと、
「简体字」
「繁體字」
という様になります。そもそも中国語には日本語の様にひらがなやカタカナはありません。日常的に漢字しか使わない中で、この漢字を簡略化して使おうという発想が出てくるのは自然なことだと思います。大陸では簡略化した字体が正式な字体として採用されている一方で、台湾では旧来の字体を正式な字体としています。しかし台湾でも手書きで漢字を書く時は、簡略化した漢字を使うこともあります。

私的メモなら簡体字でもいいんじゃないの?


金星劇場 / chidorian


さて、ひらがなやカタカナも使う我々日本人だって、漢字の使用頻度が低いわけではありません。しかし日本人が漢字を書くのを簡略化しようとすると、どちらかというとくずし字になる人が多い気がします。比較的古い看板などでは、「後」の代わりに「后」を使ったり、「劇」の字の「豕」を省略したりするものがありますが、それ以外は余り見かけないでしょう(一部ではナンバープレートの略字体が有名だったりしますが、新潟の「潟」や愛媛の「媛」の)。中国語に触れたことがある人が、日常的にどれくらい簡体字を採用しているのかわかりませんが、僕個人に限って言えば、私的なメモや覚え書きに限り、いくつかの文字は積極的に簡体字を使っています。今回は、僕が日常的に使っている簡体字について紹介します。

私が最初に簡体字を知ったのは、テレビのニュースで、中国での京都議定書反対のデモを見た時でした。「京都议定书」って文字が見えて、これは多分「京都議定書」って書いてあるんだろうなぁと。そして、小学校教育で習う漢字の中で最も画数が多い漢字(20画)の1つである「議」が、たった5画で「议」と書かれているのを見て、なんて便利なんだろうと思ったものです。簡体字では「義」の字は「义」という字体になります。「会議」とか「議事録」という様に、特に「議」の字は社会人がよく使うので、是非「议」の字体を使ってみたらいかがですか?


かつて使っていた
僕オリジナルの「書」の略字

先ほど出てきましたが、これは「書」の簡体字です。この漢字も日常でよく使いますよね。僕は中学から大学生の中盤頃までは、自分のオリジナルの字体を使っていましたが、今ではすっかり「书」の字を使っています。「书く」というように、訓読みでも使っています。

これも便利です。これは「業」の字の簡体字です。最初の5画だけで終えているんですね。「作業」とか「業務」とか、この漢字も社会人がよく使うと思います。

これは大変便利で重宝してます。「電」の簡体字です。簡体字を使うまでは、やはりこれもオリジナルの字体を使っていた時代がありました。

これは「術」の簡体字です。構えを省略しています。

これも良く使っています。「開」の簡体字です。日本では「門」の字を「门」の様に略す人が多いですが、このように、門構えそのものを省略してしまっています。因みに「閉」の簡体字は「オ」ではなく「闭」ですが、中国語では「閉じる」の意味で「関」の漢字を使い、その簡体字である「关」を使っています。(「開く」は「开」を使います)

結構便利です。「熱」の簡体字ですが、ぱっと見はわかりませんよね。「熱」の字のように、一部分だけ画数が多い字は、バランスを取るのが苦手という人もいるでしょう。そうでなくとも、小さい字を書こうとするとどうしても画数が多い部分が潰れてしまいますよね。「熱」以外にも、「勢」の時にも応用が利きます。

これは「報」の簡体字。「報告書」というのは「报告书」となって、すっかり画数が減ってくれます。

これも最近は使っています。「場」の簡体字です。「场所」とかね。

金融関係の方はよく使うかも知れません「為」の字の簡体字です。因みに「為」の字はひらがなの「ゐ」の元になった字ですが、「为」と見比べると、分かる気がしますよね?

簡体字の中には、元々別の漢字だったのに、それをひとつに纏めてしまっているものがあります。こういうのは混乱の元なのですが、一方の漢字がマイナーであったり、ほとんど字形が変わらないとみなせるものについては、実は日本語でもやっているんですよ、知っていました?「芸」の字は「芸能」「芸術」で使っていますが、本来の字は「藝」であり、「芸」にはある種類の草を指す意味がありました。「弁」の字は「弁当」「弁護」「弁償」「安全弁」などで使っていますが、本来それぞれは「辨当」「辯護」「辦償」「安全瓣」と、実は別々の漢字だったのです*2。「弁」には本来はある髪型を指す意味しかありません。


机场快轨 / Micah Sittig


あれ?これは「机」って字でしょ、って。簡体字では、この字に「機」の字を含めてしまいます。日常的に「機」の字を使う人は、「つくえ」との混同がない範囲で「机」の字を使うと大変便利だと思います。僕はガンガン使っています。

漢字統一論について

実は、世の中には、日本、大陸中国、台湾で使っている漢字の字体を統一しようという人達がいます。「折角同じ漢字を使っているのに、異なる字体を使っているために意思疎通が阻害されるなんて勿体ない」というのが、彼らの主張の根拠だと思われますが、僕は、この取り組みについては賛成しかねる立場です。もし統一するとなったら、間違いなく利用者の一番多い簡体字になると思います。別に、中国資本の流入や、中国人の進出が恐れているというわけではありません(完全に否定はできませんけど)。簡体字は、画数が少なく、確かに手書きをする上では便利ですが、漢字を省略するということは、漢字が本来持っている意味の一部を見えなくしてしまうということであり、それを正式な字としてしまうのは、その漢字が持っている意味が忘れ去られることが危惧されます。
ここでは紹介しませんでしたが、私が私的に採用している簡体字がある一方で、採用していない簡体字もあります。例えば「听」という簡体字がありますが、これは「聴」の字です。「聴」の字は「耳」を部首に持っているから「聴く(聞く)」との繋がりが見えます。しかし「听」という漢字からは、その繋がりが全く見えません。「叶」という字は、「叶う」という意味の他に「葉」の簡体字にもなっています。くさかんむりの無い「叶」という字では、全く何だかわからないじゃないですか*3
それに、現代社会ではすっかりITが浸透して、仕事の上ではパソコンで書類を作り、手書きで書類を作るシーンは減っています。画数が多くても、パソコンで文字を「打つ」上では何も困りません。字体を簡略化したり、統合したりすることで、無用な混乱を生む副作用を考えたら、私は、日中台が別々の字体を使っている今のままで全く問題無いと考えます。但し、お互いの字体について多少なりとも理解があると、そこから相互理解が深まることもありますから、こうやって私的な場面で簡体字が使うのくらいは、静かに広まってもいいんじゃないかなぁ、というのが、僕の淡い期待だったりします。

*1:韓国でも限定的な場面で使用することはあります。一方で、かつて漢字を使っていたベトナムでは、独立後に漢字の使用を禁止して、今ではすっかりアルファベット表記になっています。

*2:余談ですが、「弁護士」と「弁理士」は一字違いの職種ですが、本字で書くと「辯護士」と「辦理士」で、「弁」の字もホントは違うんです。「辯」は理非をわけて話すという意味、「辦」はさばくという意味です。

*3:と言っても、これも所詮は本字を知っているかいないかの違いで、最初から簡体字しか知らなければ、そんなことさえ考えないのでしょう。「听」に含まれている「斤」は中国語でtingと発音しますが、これが本来の「聴」と同じ音なのです。音が同じだったら何でもいいのかとお思いでしょうが、「庁」の字は本来は「廳」であり、それこそ「聴」の字と音が同じ「丁」に代えているわけです。「沈殿」と書くときの「殿」の字は、本来は「澱」でありますが、「沈殿」の表記に違和感を感じている人なんてほとんどいないでしょう。