hの話(その1:黙字のh)


HERMES Ginza_01 / scarletgreen


タイトルは狙ったわけではないのですが、一応小文字にしたので誤解は少ないかと思います。
文字としての"H"/"h"並びに、音としての/h/及び[h]のお話です。

発音されないh

文字としてのhと言えば、語頭のhが最も話題に挙がりやすいでしょうか。
中学校で習う英単語にも、"hour"や"honest"など、単語のはじめにある「発音しないh」を持つものがあります。TOEIC単語では「相続人」を意味する"heir"という物もありますね。

英単語よりも、フランス語のイメージとして「発音しないh」を知っている方も居るでしょう。フランス語の発音=「hを発音しない」というくらい、フランス語におけるこの現象は有名かもしれません。J. K. ローリングの「ハリー・ポッター・シリーズ」では、イギリスにある主人公の魔法学校にフランスの魔法学校の生徒がやってくる話がありますが、彼らの英語の発音はいかにもフランス語訛りの英語を表現するように、hを発音しないセリフでした。日本語版でも同様で、ヒロイン(と呼んでいいですよね?)であるハーマイオニーに話しかける際に「アーマイオニー」と呼んで彼女を怒らせるシーンがあります。

実は、hを発音しないのはフランス語だけではありません。同じ地中海に接する国の言葉であるイタリア語やスペイン語も、hを発音しないという原則があります。そもそもこれらの言語は/h/という音を持っていません。日本語が英語のthの音やvの音を持っていないのと同じです。

言語の歴史を遡れば、ギリシャ語の歴史の中にその現象を見つけることが出来ます。初めは/h/の音を持っていたhは、やがてギリシャ周辺で(東ローマ帝国の版図で)消滅していきます。ギリシャ文字のHは、その名称を「イータ」と言って、/h/の音を持っていないことを示しています*1。現代ギリシャ語では/i/の音を担っています。ローマ周辺(西ローマ:現在のイタリア・フランス・スペインの地域)でも、その後次第にhを発音しなくなり、これが、現在のイタリア語・フランス語・スペイン語でhを発音しないことの起源です。

フランスかぶれなのか、下町生まれなのか


hの音の消滅は、あらゆる言語で発生しています。英語でも、例えばロンドンの下町方言であるコックニー訛りではhは発音されません。オードリー・ヘップバーンが映画版の主演を演じた「マイ・フェア・レディ」は、ロンドンの下町娘イライザが一人前のレディに矯正されていくストーリーですが、その中でもhの発音について取り上げられています。ミュージカル版では"In Hertford, Hereford, and Hampshire, hurricanes hardly ever happen."というセリフで、hの音を練習するシーンがあります。

日本語だって、古文では「はひふへほ」を「わいうえお」と読んでいましたよね。古文、すなわち古代日本語では、語頭のhは/h/を保持した一方で、語中・語尾の/h/が消滅しました。現代日本語でも、助詞の「は」「へ」は「わ」「え」と同じ音で読まれますよね。

次回:hの話(その2:音を失くしたhの役目)

*1:英語の「エイチ」も、この名称では/h/の音を持っていることがわからないです。どちらかと言うと、chが/tʃ/の音を持っていることを示しています。ドイツ語では「ハー」と発音するので、/h/の音を持っていることがよく分かりますが。