英語の1人称単数代名詞

日本語の1人称単数代名詞には、「私」をはじめ、「僕」「俺」「うち」など、様々なものがあるが、英語には"I"しかない。

確かに、現代英語の標準語では、"I"が唯一の1人称単数代名詞であるが、地域や時代を広げてみると、幾つかのバリエーションがあったことがわかる。

以下、佐藤(2006)を参考に見てみよう。

偉い人が使った"ic", "ich"

14世紀に書かれた「デーン王ハベロック(Havelok the Dane)」では、1人称単数代名詞として、現代英語と同じ"I"(但し、当時は文頭でない限り小文字"i"で書かれる)及びその表記ゆれの"y"と、Iの古い形である"ic"及び"ich"が使い分けられている。

使い分けの基準の原則は、「威厳があるように喋る時は古風な"ic"や"ich"を使い、そうでない時は"i"や"y"を使う」であると考えられている。日本語でも「吾輩」とか「わし」を使うのは威厳のある偉い人というのがステレオタイプであるが、英語でもそうであったのだろう。

方言としての"cham"


中英語のicは/ik/と発音されていたが、/k/の音が子音の前で脱落したり、/h/への変化の末に消滅したりした結果、/i/と発音され、綴りも"i"となった。強勢が置かれる場合は/i:/と長音化し、これが大母音推移を経て/ai/と発音するようになり現在に至る。

一方、地方であるイギリス南部では逆に/i/の音が脱落する場合が出てきた。この地方では古英語の時点で"ic", "ich"を/iʧ/と発音するようになり、これが中英語になっても引き続いた。この単語が後続の単語と縮約されるとき、例えば"ich"+"am"(現代英語の"I"+"am")が"icham"となり、/i/が脱落して"cham"と変形した。

16世紀のシェークスピアの作品「リア王」では、田舎者を装ったセリフとして"chill"(="ich"+"will")や"chud"(="ich"+"could")の単語が見られる。