複合語的な接続副詞の語源を探ってみた

TOEIC対策の記事を書いてたら、気になってしまって仕方なかったので、ついでに語源辞典を使って調べてみました。こういう興味からくる記事は書き上げるのが早い。まぁそういう記事は徒然に書くので原稿書いてないというのもありますけど。
元記事:その20:「論旨展開表現」で概要把握する
いつも通り、寺澤芳雄「英語語源辞典(縮刷版)」を参考文献に使っています。

複合語とは

その前に、複合語の説明をちょろっとして、併せて英語の「分かち書き」について述べておきます。
複合語とは、2つ以上の独立した単語をくっつけて新たに作られた単語を指します。元々の単語もそれ単独で単語をなしているという点で、接頭辞や接尾辞をつけて作られた単語とは異なります(そういうものは普通は派生語と呼ばれ、これに畳語を足した3つを合わせて「合成語」と呼びます)。日本語の長い固有名詞はほとんどこれで、この「固有名詞」という単語自体、「固有」と「名詞」という単語から作られた複合語です。一般的に、名詞の意味を限定しようとするときは長い複合語が作られるもので、長い複合名詞にはそれだけ多くの意味が含まれていることになります。「東京特許許可局局長」はただ「局長」というだけでは含有することの出来ない「東京の」「特許を」「許可する」「局の」という意味を持っているわけです。
この複合語、日本語では全く珍しくありませんが、一方で英語を見てみますと、まず目にすることがありません。英語を始めとするヨーロッパ言語のほとんどは、というよりラテン文字を始めとする表音文字を使用するほとんどの言語では、単語ごとにスペースで区切って表記するのが現代では一般的になっているため、化学物質名などの特別な場合を除いて、単語が長くなることは余りありません。中には複合語を許容する言語も存在して、例えばドイツ語は平気で20文字を超える単語を日常的に使ったりします。ドイツ語の長い単語として有名は「ドナウ汽船電気事業本工場工事部門下級官吏組合」は"Donaudampfschiffahrtselektrizitätenhauptbetriebswerkbauunterbeamtengesellschaft"と79文字もあります。これを英語にすると"Association for subordinate officials of the head office management of the Danube steamboat electrical services"というようにスペースで区切られてしまいます。


Longest Place Name in the World / foolfillment

ニュージーランドの"Tetaumatawhakatangihangakoauaotamateaurehaeaturipukapihimaungahoronukupokaiwhenuaakitanarahu"は92文字で世界一長い地名としてギネス記録になっています。原住民マオリ族の言葉で「タマテアという、大きな膝を持ち、山々を登り、陸地を飲み込むように旅歩く男が、愛する者のために鼻笛を吹いた頂」という意味だそうで。

但し、今でこそスペースを使って単語ごとに区切られて表記されている言語も、元来は現代の日本語のようにスペース無しで表記するのが一般的でした。紀元前のギリシャ文明やローマ文明の遺跡に彫られている言葉を見ると、ひと繋ぎに書かれていることがわかります(古代ラテン語の中期まででは逆に、interpunctという、日本語の中黒「・」のような記号を用いて単語を区切って書いていました)。ヨーロッパ諸語を今のようにスペースで分けて書くようになったのは7世紀から9世紀にかけてからであり、それゆえ、その時代からある複合語のように見える単語は、歴史的には分かち書きで書かれたことはない可能性もあります。しかし、意味的には独立した単語に分けて見ることができるものについては、ここでは「複合語的な接続副詞」として扱いたいと思いますので、その辺りの厳密性についてはご容赦願いたいと思います。(これを言いたいだけがためになんと長ったらしい前置きを書いてしまったんだ。)

The Arch of Septimius Severus (I) / isawnyu

紀元203年に建設されたローマのセプティミウス・セウェルスの凱旋門に刻まれているラテン語は、中黒で区切られている。

複合語的な接続副詞

therefore

古英語後期の段階で「そのために」の意味で使われ、1200年頃に「その結果」の意味で使われたのではないかと言われている様子。1800年以降は意味により綴りが分化し、現代英語の"therefore"は「それゆえ」「従って」の意味専門になったらしい。
語源辞典を開いて初めて知ったのだが、この"there-"は連結詞の一種とみなすことが出来るらしく、

'that (place), that (time)'の意で副詞・前置詞と結合する連結詞: thereof, thereout.

寺澤, 1999

とのこと。この辺りには"thereabout"、"thereat"、"therefrom"と"there-"から始まる単語が並んでますが、いずれも中英語まででしか使われてなさそうな様子です。英語における前置詞の発達による格変化の消滅を想起させると同時に、一方でドイツ語には似たような言い方(綴り方)が現代でも残ってるなぁと思うのでした。"daran"とか"davon"とかってそうですよね。ちょっと違う?

however

語源辞典には「どんなに…でも」「どのような方法でも」と、"no matter how..."と同義の用法しか紹介されていない辺り、ここから派生して「しかしながら」という意味が生まれたのかもしれません。もしくは、古い表現ですが接続詞としての用法の意味である「けれども」「とはいえ」が副詞の用法に流用されたのかも知れません。ちょっとこの辺りは文献調査が足りない。勿論語源的には"how"と"ever"の複合語になります。

nevertheless

こちらは文献に詳細が書いてあるのでそのまま引用いたします:

OE以来のNATHELESSに代わって一般化した. 本来は3語からなる連語であるが, まもなく1語として書かれるようになった(cf. none the less). 類語の✝never-the-latterは12C末から17C半まで.

寺澤, 1999

成り立ちから完璧に複合語であることがわかります。

moreover

元々はmoreの意味をoverで強調した副詞で「もっと」という意味であったものを、中英語時代の文人・チョーサーが「それだけでなく」という意味で使い始め、そこから派生し「さらに」「その上」という意味になった様子です。今では前者2つは廃義になって、後者の意味だけが生き残っているということらしい。シェークスピアハムレットで前置詞的に用いたりもしたようですが、こちらの用法は広まらなかったようです。

furthermore

こちらも先ほどのmoreoverと変遷は似ていて、元々は「さらに遠くへ」という意味でしかなかったものが、「その上」「さらに」という意味で使われるようになり、今では後者の意味でしか用いられなくなったそうです。一応文献には"-more"でひと項目立っていまして、

副詞moreを場所を表わす副詞を構成する接尾辞として用いたもの. ◆ME -mor(e)←mor(e)(adv.)(more). ◇多くの場合, すでに比較級語尾-ER2をもつ副詞に付く(e.g. innermore). これらの語の多くは, すでに存在している最上級-MOSTで終わる語に呼応して形成された(e.g. uttermore)と考えられる. しかし初期の例furthermore (Ormulum), farthermore, innermore (Cursor Mundi)はScand. (cf. ON -meir)をもとにしている.

寺澤, 1999

とあります。こんなところでスカンディナヴィアの言語が出てくるとは、流石、ドイツ語と母を同じにし、スカンディナヴィア諸言語を友にし、フランス語を妻にした言語である。「彼ら」なんて基本的な代名詞を古ノルド語から借用してしまうんだから(現代英語のthey)、どんだけ親友なんだよという話である(まぁ古英語の代名詞は似た形のものが多かったから、それを踏まえたら仕方ないのかもしれないけど。sheも形がheと似てたから女性定冠詞"seo"と合成して区別を明確にしたというし。だからhe-his-himは音の似た格変化をしているのに対して、she-her-herとこちらはは音が似ない格変化になってしまったわけで)。